AI_report_No2 varlal.com 2013/03/25
目的
 人工知能の歴史を理解する。そこから知能に対してのアプローチの考え方を学ぶ。現在行われている人工知
能研究の全体像を理解する。参考資料
[
1
]
を参考に記述する。
歴史
1950
年代:チェスなどのゲームを題材に、人間の知能と競わして知能を獲得したと主張したい希望があったのか
計算機上で動く知性と思われるプログラミングの開発や、さまざまな問題のモデル化手法・探索手法の開発がな
されていた。
1950
年:イギリスの数学者チューニングは、機会が知能を持っているかどうかを調べるためのテスト(チューニン
グテスト)を提案した。しかし、ジャン・サールの「中国語の部屋」によりその不完全性を指摘されている。
1956
年:アメリカのダートマス大学で開催された会議(ダートマス会議)に参加していた、マッカーシーにより
Artificial Intelligence
という言葉が使われたことからその会議が人工知能研究の起源といわれるようになった。
1958
年:リスト処理言語
LISP
がマッカーシーによって開発される。
1958
年:ニューラルネットワークモデルのパーセプトロンが提案される。(ニューラルネットワークのブーム到来)
1960
年代:決められた問題をいかに効率よく解くかといった一般的な手法などが主な研究の対象。
1969
年: マッカ ーシ ーと ヘイ ズ によ る論 文「
Some Philosophical Problems from the Standpoint of Artificial
Intelligence
」によって人工知能最大の難問とされる「フレーム問題」が指摘される。フレーム問題とは、有限の処
理能力しか持てない
AI
は、対象世界に存在するすべての問題に対処することができないとするものである。
1970
年代:人に代わって知能を手に入れることができると考え、推論や一般的な問題解決アルゴリズムを開発し
ていた希望に満ち溢れていた時代は終わり、知識の時代がやってくる。これはフレーム問題で指摘されたように
現実世界に対応する知的なシステムを開発する為には、現実世界における膨大な知識をシステムが持っている
ことが必要であることが強く認識されたことによる。知識表現に関する技術(意味ネットワーク )やエキスパート
システムの研究が多くなされた。
1972
年:ウィノグラードにより「
Natural Language Understanding
(自然言語理解)」という論文が発表された。また、
同年にシャンクにより「
Conceptual Dependency Theory
(概念依存理論)」という論文が発表され、後の知識や意
味の表現形式に大きな影響を与えた。これはさまざまな言い回しで表される同一の意味を持った文を、意味の基
本単位とみなす少数の概念の型とその依存関係によって、その意味を統一的に表現しようという理論である。シ
ャンクは、自然言語理解システム(
MARGIE
)や人間の記憶の理論である(
MOP
)などを開発し、人間の知識活
動と同等な知識活動を目指すさまざまな人工知能手法を提案した。
1970
年代には、さまざまなエキスパートシステムが作られた、代表的なものとして感染病の診断を行うエキスパ
ートシステム
MYCIN
、緑内障の診断システム
CASNET
、
Meta-DENDRAL
というエキスパートシステムは、化
学の分野において専門家に代わり新しい分子構造を発見するなど多くの成功を収めた。しかし、エキスパートシ
ステムを構築するにおいて重要となるのは、専門家の知識をいかに引き出し、それを計算機が利用できる形態で
表現するかということであった。専門家の知識を利用可能な状態にする困難さを「知識獲得のボトルネック」と
呼ぶようになった。
1977
年: 第
5
回人 工知能 国際会議に てファ イン ゲンバ ウム は、知 識を 利用す る研究 分野を 知 識 工 学
(
Knowledge Engineering
)と総称する趣旨の講演を行い、後にこれが「知識工学」という認知科学もその基盤に
取り込んだ学問分野を生むことになる。
1980
年代:エキスパートシステム成功などから、人工知能技術の産業化への期待が膨らみ、人工知能ブームが
到来する。
1986
年:日本人工知能学会が設立。
1987
年:ミンスキーが「
The Society of Mind
」という本を出版し、人間の「心」という現象を複数のエージェントと
呼ばれる自立しながら行動する集団の作業からなるものであると唱えた、後にこの考え方は
1990
年代に入ると
エージェント という技術に発展し、それは
2000
年代に入っても人工知能技術の基本的な考え方として認識さ
れている。
1980
年代最後あたり:
1965
年にザデーによって提案されたファジィ理論 がブームとなり、日本のバブル好景気
の波にのり、家電メーカなどでファジィ理論を用いた家電製品が作られるなどの現象が起こった。その後、
1943
年にマカロックとピッツによって提案されたニューラルネットワークのモデルが産業界で取り上げられ「ニュー
ロ・ファジィ」と銘打った多くの家電製品が作られるなどした。
1990
年代:やや加熱し過ぎた人工知能ブームの反省の声も少なからず聞こえてくるようになり、より現実世界に
根ざした知的情報処理の研究が意識されるようになる。
1990
年代前半:生命が持つメカニズムやアルゴリズムに着目した計算手法である 進化的計算 が注目され、遺
伝的アルゴリズムは人工知能技術を支える一つの手法となった。また、エキスパートシステム開発時に作成され
た知識を再利用可能、システム間の相互運用性を高める技術としてオントロジーが注目される。ネットの普及と
PC
の性能上昇により、大量の情報を処理できるようになった背景からデータマイニング 技術が普及。エージェ
ント技術とロボット工学を融合したロボカップが提案される。
1990
年代後半:ユビキタスコンピューティングの概念の普及。
2000
年代:
web
情報であるメタデータが普及。
Web
上のデータを対象に、自然言語処理技術とさまざまな人工
知能技術を融合した
Web
インテリジェンスの研究が活発化。
[1]
小林一郎
,
人工知能の基礎
,
サイエンス社(
2011
)